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根津神社ねづじんじゃ

根津神社(ねづじんじゃ)は、東京都文京区根津一丁目28番9号にある神社です。まつられているのは須佐之男命・大山咋神・誉田別命・大国主命。社格は旧府社 元准勅祭社。創建は不詳と伝わります。

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この社のはじまり

東京のねづじんじゃ、300年より前の建物がいまも残ってるの?

ねづじんじゃ。東京都文京区にある、つつじで知られる神社です。

将軍綱吉が建てた社殿は、門と塀まで、いまも欠けずに残っています。

本殿から楼門、塀まで、ななとうが、そろって国の重要文化財です。

このやしろ、もとは、せんだぎにあったのじゃ。

いまの場所は、綱吉の兄の屋敷で、のちの将軍、イエノブが生まれた土地です。

綱吉は、家宣の守り神のやしろに、屋敷をまるごとささげたんだね。

てんかぶしんと呼ばれた大工事で、1706年に社殿ができあがりました。

ほんでんと、へいでんと、はいでんが、ひと続きじゃ。

社殿をかこむすきべいは200メートル。300年ゆがまないといいます。

昭和20年の戦争で傷んだ所も、直して昔の姿にもどしたんだね。

行ったら楼門を見てください。江戸の神社で、ただ一つ残る楼門とされます。

三百年前の門も塀も、いまも同じ場所で待っておるのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・大国主(大己貴)…国づくりと医薬の神。縁を結ぶ神としても知られる。
・須佐之男(素戔嗚)…疫(えき)を払う神として広く信仰された。
・八幡(応神天皇)…武の神として広まり、全国でいちばん多い系統になった。
・菅原道真…学問にすぐれた人として、のちに学びの神とされた。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

待ち行列の言い切り「空襲でも焼けなかった」は採らない。公式の由緒は「昭和20年戦禍により社殿の一部に損害を受け、昭和34年に復旧」と書く(境内案内は「戦災や震災など幾多の災難を免れ現存」)。本編は「7棟が欠けずに残る」「戦争で傷んだ所も直して昔の姿にもどした」と、公式の両方の記述と矛盾しない言い方にした。/「7棟」は文化庁の解説「…楼門、西門、透塀を追加して、七棟とした」による数え方(本殿・幣殿・拝殿で1棟、透塀は3か所に分けて3棟)。公式の「本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門」とも一致。/1706年は公式・文化庁・文京区とも「宝永3年(1706)」。01・13の「300年より前」「三百年前」は1706年からの概数(約320年)。/12の「江戸の神社で、ただ一つ残る楼門」は公式境内案内の「江戸内の神社の楼門で唯一残っているもの」を「とされます」で伝聞にした。/10の透塀の「300年たってもゆがみがない」は公式の記述を「といいます」で伝聞にした。/千駄木から遷った(05)、家宣の産土神(07=守り神と言い換え)は公式の由緒の記述。創祀の日本武尊の伝承は本編で使わない。/御祭神(須佐之男命ほか)は本編で名指ししない。神様の絵は使わない。楼門の随身を水戸光圀とする話(公式「と言われています」)も使わない。/画像はAIで作った再現イメージで、実物の写真ではない(江戸の屋敷・工事・社殿・透塀・楼門の細部は実物と異なる)。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。