日本橋、ビルの谷間の木造は空襲を越えた。昭和4年築、唯一残る戦前の社殿

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小網神社(こあみじんじゃ)は、東京都 中央区にある神社です。

東京のビルの谷間に、ちいさな木のやしろがあるんだって。
こあみじんじゃ。高いビルにかこまれたこの木の社殿は、日本橋の地区でいま残る、ただひとつの戦前の神社建築です。
昭和二十年三月十日、東京大空襲。下町一帯が焼けたなかで、社殿をふくむ境内の建物は、奇跡的に戦災をまぬがれました。
建てられたのは昭和四年。総けやき造りで、むなふだには、明治神宮の造営にたずさわった宮大工、ないとうこまさぶろうの名前が見えます。
そもそも、こあみって、どういう名前なの。
ぶんしょうがんねん。西暦千四百六十六年。このあたりで悪い病がはやったとき、海の網に稲穂がかかったという翁が、いおりをたずねました。
その翁を稲荷の大神としてまつれ、と夢のお告げがあってのう。おきなの姿は消え、村の病はほどなくおさまったと伝わるのじゃ。
人々は翁を、こあみいなり大明神としてまつりました。領主のおおたどうかんもこのやしろを詣で、土地を寄せたと伝えられています。
大正十二年九月一日、関東大震災。社殿がたおれたとき、当時の宮司は、ご神体をかかえて近くの新大橋へのがれました。
橋のたもとには、大勢の人が避難していました。新大橋は落ちず、そのたもとには昭和八年、震災の避難記念碑が建てられています。
第二次大戦のときは、このやしろの出征奉告祭に参列し、お守りを受けた氏子の兵士が全員生きて帰った、と伝えられています。
行ったら、拝殿の前の龍を見てください。のぼり龍は祈りを神へ、くだり龍は神の徳を人へ。かぐらでんは、めずらしい五角形です。
病を鎮めたやしろが、震災と空襲を越えて、いまもビルの谷間に立っておる。強運厄除と呼ばれるゆえんじゃ。
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