大神神社、拝殿で祭りの無事を感謝し、3日間の祭りを納める

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大神神社(おおみわじんじゃ)は、奈良県桜井市三輪1422にある神社です。まつられているのは大物主大神。社格は式内社(名神大) 大和国一宮 二十二社(中七社) 旧官幣大社 別表神社。創建は不詳(有史以前)と伝わります。大和国の一之宮です。








奈良では、祭りの翌日にも感謝を伝えるんだ。
このおまつりの舞台は、奈良県桜井市の大神神社です。
十月にじゅうごにち、午前十時ごろからごえんさいが始まります。
拝殿で祭りの無事を感謝し、三日間の祭りを納めます。
ごえんさいでは、何に感謝するの?
秋のおおみわさいが、無事に行われたことをしんぜんに感謝します。
前日のおおみわさいでは、秋の収穫に感謝し、氏子の安全を祈ります。
秋のおおみわさいは、崇神天皇の時代に始まると伝えられています。
ごえんさいは、三日間の締めくくりなのじゃ。
二十三日のよいみやでは、翌日の祭りの無事を祈ります。
ごえんさいでは、祭りが無事に行われたことに感謝します。
訪れたら、三日間の祭りの舞台となる拝殿を見てください。
十月にじゅうごにち、ごえんさいで感謝を伝えるのじゃ。
奈良では10月に、杉を手にして舞うんだね。
このじんじゃは、おおみわじんじゃ。奈良県桜井市にあります。
10月24日、午前10時ごろ。秋のおおみわさいが始まります。
拝殿では、4人のみこが、杉を手に神楽を舞います。
みこさんが持つのは、どこの杉なの?
みこが手にするのは、みわやまの神聖な杉です。
神楽のなは、うまさけみわのまい。収穫に感謝する祭りです。
秋のおおみわさいは、すじん天皇のよに始まったと伝わります。
24日は、三日間の祭りの真ん中の日じゃ。
祭りでは収穫への感謝とともに、うじこの安全を祈ります。
翌25日の午前10時ごろ、こうえんさいで祭りを納めます。
訪れたら、みこが杉を手に舞う拝殿を見てください。
10月24日は、杉を手に舞をささげる日じゃ。
奈良のおおみわじんじゃ。午後3時によいみやさいだよ。
このじんじゃは、おおみわじんじゃ。奈良県桜井市にあります。
10月23日は、秋のおおみわさいのよいみやさいです。
午後3時ごろ、拝殿で翌日のお祭りが無事に行われることを祈ります。
よいみやさいは、次の日のお祭りのためなんだね。
翌24日の午前10時ごろ、秋のおおみわさいが行われます。
秋のおおみわさいでは、収穫に感謝して、氏子の安全を祈ります。
秋のおおみわさいは、すじん天皇のよに始まったと伝わります。
よいみやさいは、三日間の祭りの最初の日じゃ。
最初に無事を祈り、祭りのあとにも、しんぜんで感謝を伝えます。
25日の午前10時ごろ、こうえんさいで三日間のお祭りを納めます。
訪れたら、三日間のお祭りの舞台となる、拝殿を見てください。
10月23日、よいみやの祈りから祭りが始まるのじゃ。
奈良で、刈った稲のわらもしめ縄になるんだね。
おおみわじんじゃ。奈良県桜井市にある、三輪山のふもとのやしろです。
十月二十日の午前十時ごろ、神様にそなえるこめの田で抜穂祭が行われます。
こめはおそなえに、わらは新年のしめ縄になるのじゃ。
祭りの見せ場は、実った稲穂を鎌で刈り取り、しんぜんにそなえる場面です。
その田んぼのこめ作りは、いつ始まるの?
五月十二日、播種祭で、もみだねをまくところから始まります。
六月二十五日の、おたうえさい。苗代で育てた苗を、田んぼへ植えます。
三輪山からわく水が、その田んぼに入るのじゃ。
秋の抜穂祭は、その田んぼで一年の最後に行うお祭りです。
収穫したこめは、年間の祭りのおそなえになります。わらも新年へつながります。
おおみわのもりの田んぼは、神様へのおそなえのこめを育てる場所です。
十月二十日、こめもわらも祭りへつながる収穫じゃ。
奈良で、遠くの伊勢に向かっておがむんだね。
おおみわじんじゃ。奈良県桜井市にある、三輪山のふもとのやしろです。
十月十七日の午前十時ごろ、神職たちが伊勢の神宮を遠くから拝みます。
きとうでんの前の庭から、伊勢の神宮を拝むのじゃ。
どうして、この日に伊勢をおがむの?
伊勢の神宮で、かんなめさいが行われる日に合わせたおまつりです。
神宮のかんなめさいは、とれたばかりの穀物をささげて、収穫に感謝します。
神宮によると、かんなめさいは神宮で最も古い由緒を持つ祭典です。
伊勢のかんなめさいは、昔から十月のお祭りだったの?
明治の改暦より前は九月。神宮のかんなめさいは、十月に行われます。
おおみわじんじゃでは宮司をはじめ神職たちが、遠くの神宮に祈りを届けます。
訪れたら、きとうでんを見てください。その前の庭が、遥拝の舞台です。
十月十七日、奈良から伊勢を拝む日なのじゃ。
奈良で、山ではなく遠くの皇居を拝む日があるんだって。
おおみわじんじゃ。奈良県の中ほど、みわやまのふもとにあります。
毎年、秋分の日の午前10時。2026年は9月23日です。秋季皇霊祭遥拝というおまつりが行われます。
宮司をはじめとする神職が、きとうでんの前の広い庭に出てずらりと並びます。拝むのは目の前の社殿ではありません。
え、神社なのに、その神社を拝まないの。
この日、皇居の中のこうれいでんでは、歴代の天皇と皇族をまつるご先祖のおまつりが行われます。神職は、その遠いおまつりに向かってここから拝みます。
おおみわじんじゃに、本殿はありません。ふだんは拝殿ごしに、みわやまそのものを拝みます。そのやしろがこの日は、山ではなく遠くを向くのです。
この遥拝がならっているのは、宮中のおまつりです。歴代の天皇と皇族を、春と秋のお彼岸にまとめておまつりするようになったのは、明治のころとされます。
秋分の日は法律で、そせんをうやまい、なくなった人々をしのぶ日、と決められておる。皇居でもこのやしろでも、その日におまつりが行われるのじゃ。
このやしろで遥拝が行われる日は、1年に5回。昭和天皇祭、春のお彼岸、神武天皇祭、秋のお彼岸、そして神嘗祭。どれも同じ庭で、午前10時にはじまります。
秋分の日に、このやしろで行われるおまつりは、午前10時のこの遥拝ひとつだけです。拝み終われば、庭はまたひらけた広場にもどります。
行ったら、きとうでんの前の広い庭を見てください。平成9年にできた社殿の前に、なにもない庭がひろがっています。年に5回、そこが遠くを拝むための場所になります。
秋分の日は、遠くをおもう日じゃ。ここでは、それを庭に出て、はるか遠くへ手を合わせるという形にしておるのじゃ。
奈良の三輪山。この山の神さま、大物主大神に話をきいてみたい。
ならば、ふたりで手を合わせて、名をよぶのじゃ。
おおものぬしのおおかみさまー。
よんだか。われが、大物主大神。みわという地名は、糸巻きに残った麻糸から生まれた。
むかし、うつくしい若者が、夜ごと姫のもとをおとずれました。父母は、糸巻きの麻糸を針に通し、若者の衣のすそに刺せと教えます。
あさ、糸は戸のかぎ穴を出て、この山まで続いておった。糸巻きに残っておったのは、三つの巻きだけであった。三つの巻きを、みわ、という。
糸が三つ残っただけで、地名になったのか。
われは、大国主神が国づくりになやんでおったとき、海を照らして寄って来た。やまとの青垣、東の山の上にまつれ、と告げた。
日本書紀では、この神は大国主神のさきみたま、くしみたま、だと語られます。名にある、もの、とは、おそれられるものをさすことばです。
おそれられる神さまが、山にすわったのか。
古事記には、崇神天皇の御代、われがオオタタネコに、われを祭らせよと告げた。そのとおりにすると、はやりやまいがやんだと書かれておる。
いまも三輪は、酒の神として信仰されています。酒屋ののきに下がる杉玉は、このやしろからくばられます。
行ったら、拝殿のうしろにある三ツ鳥居を見るのじゃ。その先に本殿はない。三輪山そのものが、この神さまじゃ。
奈良の大神神社。神社なのに、本殿がないって、どういうこと。
このやしろには、神様をおまつりする本殿がありません。拝殿のうしろにそびえる三輪山。その山ぜんたいが、ご神体です。
拝殿のおくにあるのは、三ツ鳥居というめずらしい鳥居だけ。その先は禁足地で、ふだんは神職さえ足をふみ入れません。
本殿がないのではない。山そのものが本殿なのじゃ。
三輪山の高さは467メートル。山のまわりは16キロ。山の中には、いわくらと呼ばれる岩が点々とあり、神様がしずまる場所とされてきました。
建物を建てるより前から、山のほうを拝んでたんだ。
日本書紀には、この神様が大和の三輪山に住みたいと望んだ、としるされています。社殿ができるより前の、いちばん古い形のおまつりが、ここに残っているのです。
三輪山は、木の一本、草の一本まで神がやどるものとして、大切にされてきました。だから今も、深い森のまま残っています。
木を切らなかったから、森がそのまま残ったんだ。
山を切りひらいて社殿を建てるより、そのまま拝むほうが古いのじゃ。
三輪の杉は、昔からうたによまれてきました。全国の酒ぐらの軒先につるされる、丸い杉玉。もとになったのは、この山の杉です。
行ったら、拝殿のわきに立つ巳の神杉を見てください。根もとには、たまごがそなえられています。白いへびがすむと伝えられる木です。
拝殿のうしろにあるのは、やしろではない。山そのものじゃ。
その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。
秋分の日の午前10時
はるか皇居を遙拝する
本殿がなく、ふだんは拝殿を通して 三輪山そのものを拝む社。 この日は宮司以下の神職が 祈祷殿前の斎庭に出て、 はるか皇居を遙拝する。
遙拝は年に5回(昭和天皇祭・春季皇霊祭・神武天皇祭・秋季皇霊祭・神嘗祭)。参列・見学については公式に記載がない
拝殿の奥に本殿がない
山そのものが神だから
三輪山そのものを神とし、本殿を建てない。 拝殿の向こうにあるのは三ツ鳥居だけである。 まつるのは大物主大神で、『日本書紀』は崇神天皇七年、 大田田根子を祭主としてこの神をまつらせたと記す。 「大神」と書いて「おおみわ」と読むのは、明治の改名のときの読みである。
古くは「美和乃御諸宮」「大神大物主神社」とも呼ばれ、 江戸時代は三輪明神と呼ばれていました。 「日本最古の神社」という言い方には諸説あります。
三輪という地名は、糸巻きに残った
麻糸、三巻きから生まれた
夜ごと姫のもとへ通う若者の 衣のすそに、麻糸を通した針を刺すと、 翌朝、糸は戸の鍵穴を出て 三輪山まで続いていた。 糸巻きに残っていたのは三勾(みわ)だけ。 だからこの地を美和と名づけたと伝わる。
神話です。起きた出来事としてではなく、 そう伝えられていることとして紹介しています。 せりふは記紀と大神神社の公式をもとに こちらで言葉にしたもので、 神さまが実際にそう話した記録ではありません。
丹生川上神社丹生川上神社上社大和神社宇太水分神社室生龍穴神社山の辺の道廣瀬大社春日大社橿原神宮玉置神社石上神宮笠縫邑
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・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。
・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
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