あの砂の山は、神様が降りてくる山をかたどったもの

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賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は、京都府京都市北区上賀茂本山339にある神社です。まつられているのは賀茂別雷大神。社格は式内社(名神大) 山城国一宮 二十二社(上七社) 旧官幣大社 勅祭社 別表神社。創建は伝・天武天皇6年(677年)と伝わります。山城国の一之宮です。

京都の上賀茂神社。境内に、砂の山が二つある。あれ、なんなんだろう。
場所は、京都市のきた区、上賀茂です。市バスの4番に乗って、上賀茂神社前でおります。おりたら、目の前が一の鳥居です。
二の鳥居をくぐると、正面に、円すいの形をした砂の山が二つあります。たてずな、といいます。
あれはな、神様が降りてくる場所じゃ。うしろの山を、かたどっておる。
神様が最初に降りたと伝えられるのは、コウヤマ。本殿の北北西、およそ2キロのところにあります。高さは301メートル。きれいな円すいの形をしています。
山の形を、そのまま砂で作ったんだ。
はじめは、その山そのものをおがんでいました。やがて、神様を里にお迎えするようになり、山の代わりに置かれたのが、この砂です。
この地に社殿が建てられたのは、西暦677年と伝えられています。境内はいま、世界文化遺産になっています。
千三百年以上、まえからあるんだ。
この砂は、清めの砂ともよばれます。家の鬼門と裏鬼門に砂をまいて清める習わしは、このたてずなの信仰がはじまりとされています。
玄関先の盛り塩も、もとをたどればここじゃと言われておる。
行ったら、ほそどのという建物の前にある、たてずなのてっぺんを見てください。松の葉が、向かって左に三本、右に二本。ヨウとインを表し、二つでひとそろいです。
山を動かすことはできん。じゃから、山の形だけを、ここに置いたのじゃ。
その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。
平安の都で「祭」といえば
この祭のことだった
京都の下鴨神社と上賀茂神社の例祭で、5月15日に行われる。 819年に、国のもっとも重い恒例のまつりに準じて行うと定められ、 平安時代の貴族が「祭」といえばこの祭を指した。 京都御所から下鴨、上賀茂へ約八キロを行列する路頭の儀と、 両社で勅使が祭文を読み上げる社頭の儀からなる。 葵祭の名は1694年の再興のあと、すべてを葵の葉で飾ったことによる。
正式には賀茂祭。石清水祭・春日祭とともに勅使の立つ三勅祭の一つ。1995年には雨で戦後初の中止となった。斎王代と女人列は1956年に設けられたもの
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・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
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