神社のはじまり

神社のはじまり > 全国の神社マップ > 佐賀県 > 祐徳稲荷神社

祐徳稲荷神社ゆうとくいなりじんじゃ

祐徳稲荷神社(ゆうとくいなりじんじゃ)は、佐賀県鹿島市古枝にある神社です。まつられているのは倉稲魂大神・大宮売大神・猿田彦大神・神令使命婦大神。社格は旧県社 別表神社。創建は貞享4年(1687年)と伝わります。

動画で見る

この社のはじまり

佐賀県のゆうとくいなり、本殿が高い舞台の上にあるの?

ユウトクイナリジンジャ。佐賀県鹿島市にある、日本さんだい稲荷のひとつです。

ユウトクイナリジンジャの本殿は、高さ18メートルの舞台の上に建っています。

山の中腹にせり出したこの舞台は、京都の清水寺の舞台より高いのです。

本殿へは、110段ほどの階段をのぼってお参りするのじゃ。

京都のおいなりさまが、どうして佐賀県に来たの?

はじまりは1687年。鹿島藩主のおくがたが、稲荷の神さまをまつりました。

おくがたは、京都の左大臣の娘。嫁ぐとき、神さまをうつした鏡を授かりました。

京都から来た稲荷の神さまが、佐賀の山でまつられたのじゃ。

おくがたは62歳で、この地にユウトク院を開いたんだね。

いまの建物は、昭和24年の火事のあと、昭和32年に建て直されたものです。

お参りしたら、楼門の前の池から、山にせり出した本殿の舞台を見上げてください。

京都から来た神さまが、いまは18メートルの舞台の上じゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・稲荷(宇迦之御魂)…稲の実りの神。のちに商売の神として広まった。
・猿田彦…道びらきの神。道の分かれ目に立つとされる。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

待ち行列の言い切り「平らな土地が無かった。だから柱で持ち上げた」は、理由を書いた原典が見つからないため使わない。公式・佐賀県観光連盟で言える「本殿は高さ18mの舞台の上に建つ」に変更。/高さ18mと「清水寺より高い」は公式サイトには無く、佐賀県観光連盟(あそぼーさが)の記述による。九州の神社(個人の神社解説サイト)も同じ18mとする。/「山の中腹にせり出した」は、九州の神社の「石壁山の中腹」「懸造の舞台」と、観光連盟の「石壁山を背後に…舞台作りの上に本殿」を合わせた言い方。舞台の構造材(木か鉄筋コンクリートか)は公式で確かめられないので言わない(柱という語を使わない)。/創建の主(鹿島藩主鍋島直朝の夫人・花山院萬子媛)は境内の石壁社に萬媛命として祀られているため、本編では名前を出さず「殿さまのおくがた」とだけ言い、人物評はしない。神様(倉稲魂大神ほか)の名も出さない=神様の絵は使わない。/「嫁ぐとき父から神霊をうつした鏡を授かった」は公式「石壁社」の記述。鏡をいつどこでまつったかの細部は公式に無いので、09は「佐賀の山でまつられた」までにとどめる。/所在地の番地は、佐賀県観光連盟は古枝乙1855、鹿島市観光ページは古枝乙1885と異なる。本編と概要欄は公式の「佐賀県鹿島市古枝」までにとどめる。/参拝者数は公式300万人・鹿島市280万人と異なるため本編で使わない。/ご利益は約束しない(商売繁昌などは「信仰されている」の範囲でも本編では扱わない)。/画像はAIで作った再現イメージで、実物の写真ではない(舞台・社殿・楼門の細部は実物と異なる)。

ほかの社を見る

佐賀県の神社

佐嘉神社千栗八幡宮武雄神社與止日女神社

同じ願いごとで信仰されてきた社

北海道神宮岩木山神社駒形神社鹽竈神社太平山三吉神社出羽神社鳥海山大物忌神社伊佐須美神社石都々古和気神社都々古別神社

全国の神社マップへご利益マップへ

このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。