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猿田彦神社さるたひこじんじゃ

猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)は、三重県伊勢市宇治浦田2-1-10にある神社です。まつられているのは猿田彦大神・大田命。社格は無格社・別表神社。

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この社のはじまり

三重のさるたひこじんじゃ、拝殿の前の八角の石はなに?

さるたひこじんじゃ。三重県伊勢市にある、みちひらきの神さまのやしろです。

さるたひこじんじゃの、拝殿の前の方位石は、方角をきざんだ八角の石の柱です。

この石のある場所は、昭和11年まで社殿が建っていた跡なのです。

この八角の形は、みちひらきを表すというのじゃ。

だから、毎日たくさんの人が、この石に願いをかけていくんだね。

さるたひこじんじゃのはじまりは、うじのつちぎみけの屋敷のやしろでした。

この家は、まつる神さまの子孫と伝わり、代々、伊勢神宮に仕えてきました。

ないくうの場所をすすめたのも、この家の先祖と伝わるのじゃ。

明治になって、屋敷のやしろが、みんなの神社になったんだね。

いまも、さるたひこじんじゃの宮司は、この家の子孫がつとめています。

参拝したら、拝殿の前に立つ、八角の方位石を見てください。

むかしの社殿の跡に、いまも八角の石が立っておるのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・猿田彦…道びらきの神。道の分かれ目に立つとされる。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

題名・04の「昭和11年まで社殿が建っていた跡」は、公式の「昔の神殿跡を印し」「昭和11年の御造営まで永く御神座のあった特別な場所」の言い換え。「社殿」は公式の「神殿」を平たく言ったもの。/05の「八角の形はみちひらきを表す」は公式の「みちひらきの御神徳を表す八角形の石」による。本編は「というのじゃ」で伝聞にとどめる。/06の「願いをかける」は公式の記述どおり。石にさわる等の作法は公式に無いので言わない(ご利益も約束しない)。/08・09の「神さまの子孫」「内宮の場所をすすめた先祖」は、公式が古典(皇太神宮儀式帳・倭姫命世記)をもとに述べる伝承。本編は「と伝わる」で言う。先祖の名(大田命)・倭姫命の名は言わない。/10の「明治に屋敷の社が神社になった」は公式トップの由緒には無く、Wikipediaの概要による(年は出典に無いので言わない)。公式は「邸内でお祀りし」までを記す。/御祭神(猿田彦大神)・境内社の祭神の名は本編で名指ししない(写実の神様部品が無く、神様が登場する場面を作らない)。社名「猿田彦神社」だけを言う。/宇治土公の読みは公式のふりがな「うじのつちぎみ」に合わせた(うじとこ等と読む資料もあるが公式に従う)。/同じ伊勢市の社は別シリーズ「三重県の神懸った神社5社」でも扱う。本編は方位石と宇治土公家に絞り、七社の回(お伊勢まいり七社)の順路の話とも重ねない。/画像はAIで作った再現イメージで、実物の写真ではない(方位石の刻み・社殿の造り・昔の屋敷の姿は実物と異なる)。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。