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出雲大社いづもおおやしろ

出雲大社(いづもおおやしろ)は、島根県出雲市大社町杵築東195にある神社です。まつられているのは大国主大神。社格は式内社(名神大) 出雲国一宮 旧官幣大社 勅祭社 別表神社。創建は神代とされると伝わります。出雲国の一之宮です。

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この社のはじまり

島根の大しめ縄。左右が、ぎゃくなの?

出雲大社。島根の出雲市、山すそにあるやしろです。

大しめ縄は左が綯い始め。正面から見ると、右が綯い終わりです。

一般の神社は、向かって右が綯い始め。出雲は、その左右が逆なのじゃ。

公式の説明では、出雲大社は古くから向かって左を、上位とする習わしがありました。

ねじる方向だけの話じゃなくて、飾る左右にも意味があるんだ。

神楽でんの大しめ縄は、2026年7月に架け替えられました。前回から、8年ぶりです。

作ったのは、同じ島根県の飯南ちょうの人たち。材料の稲を育てるところから、仕事が始まります。

大きな縄を、2本こしらえて撚り合わせる。細いわらが集まって、あの太さになるのじゃ。

下にたれる大きなふさは、シメノコと呼ばれます。3つとも、職人の手で作られます。

しめ縄は、神聖な場所の境界を示すもの。大きさだけでなく、張り方にも土地の習わしが残ります。

見るなら、神楽でんのしめ縄の両端。正面から、左の始まりと右の終わりを見比べてみてください。

新しいわらに替わっても、受け継ぐ形がある。左右を見ると、それが分かるのじゃ。

島根のいずもたいしゃ。ここの神さま、大国主大神に話をきいてみたい。

ならば、ふたりで手を合わせて、名をよぶのじゃ。

おおくにぬしのおおかみさまー。

よんだか。われが、大国主大神。古事記では、五つの名前でよばれる神である。

オオナムヂ、アシハラシコヲ、ヤチホコ、ウツシクニタマ。どれも、われの名である。

有名なのは、皮をはがされた兎を助けた話です。まみずで洗い、がまの花の上にころがるよう教えました。

いなばのしろうさぎの、あの神さまか。

兄たちに、二度ころされた。焼けた石を落とされ、木にはさまれた。二度とも、母が助けをもとめ、われはよみがえった。

そのあと、スクナビコナの神とふたりで国づくりを進め、田づくりから薬まで、人に教えたと伝えられます。

兎を助けて、二度ころされて、それでも国をつくったのか。

その国を、天照大御神にゆずり、目に見えぬ世界をつかさどることとなった。かわりに建てられたのが、このやしろである。

いずもたいしゃは、えんむすびを、男女のご縁だけではなく、人をとりまくあらゆるつながりのご縁だと説明しています。

行ったら、本殿のうしろへまわるのじゃ。そがのやしろにまつられておるのは、この神さまのおやがみさまじゃ。

島根のいずもたいしゃ。ここだけ、手を四回たたく。ほかの神社は二回なのに、なぜなんだろう。

場所は、島根県の出雲市。JR出雲市の駅から、バスで25分ほどです。

なぜ四回なのか。じつは、はっきり分かっていません。いろいろな説があります。

分からぬことの多いやしろじゃ。じゃが、はっきり分かっておることがひとつある。

いまの本殿の高さは、およそ二十四メートル。ところが、むかしはこの倍の高さだったと伝えられてきました。

倍なら、四十八メートル。マンションの十五階くらい。

970年の書物には、当時いちばん高い建物として、いずもたいしゃの名が挙げられています。二番は、東大寺の大仏殿でした。

ただ、長いあいだ、それは言い伝えだと思われていました。木でそんな高い建物が建つのか、と。

にせんねん、境内の工事の下調べで、地面から柱のあとが見つかります。太さは、およそ三メートル。すぎの大木を三本たばねたものでした。

大木を三本たばねて、一本の柱にしてる。

その形は、この神社に伝わる古い設計図とそっくりでした。言い伝えを裏づけるものが、地面から出てきたのです。

行ったら、境内の地面を見てください。柱が出た場所に印があります。柱そのものは、となりの博物館にあります。

高すぎる、あり得ぬ、と言われてきた。じゃが地面は、おぼえておったのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・大国主(大己貴)…国づくりと医薬の神。縁を結ぶ神としても知られる。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

この社の特集

神社の由来

出雲大社

出雲大社という名は

明治になってからのもの

古くは杵築大社といった。 神々が集まって大国主の宮を 築いたから杵築という、と 『出雲国風土記』は記す。 出雲大社と改めたのは 明治になってからである。

改称は1871年(明治4年)。読みは「いずもおおやしろ」 とも「いずもたいしゃ」ともいいます。

神様に話しかけてみたシリーズ

大国主大神

古事記では、五つの名前でよばれる神。

縁結びは男女だけの話ではない

皮をはがされた兎を助け、 兄たちに二度ころされて生き返り、 スクナビコナの神とふたりで 国をつくりかためた神。 国をゆずったかわりに建てられたのが、 この社と伝えられる。

名前の数は書物でちがいます (古事記は五つ、日本書紀の一書は七つ)。 縁結びは、出雲大社が「男女だけでなく あらゆる繋がりのご縁」と説明しています。

出典

綯いの方向と張る左右を混同しない。左右は神社へ向かって見る側。全ての他社が同じとは言わない。/公式FAQは13.5m/4.7t、旧2018年記事は13.6m/5.2t。架け替えで変わるため寸法と重量は本編で言わない。/しめのこの雨の象徴という解釈は諸説があるため扱わない。/図解は左右と製作の説明用。社殿内部や工程の厳密な復元ではない。
①★このシリーズは、神さまのことばを会話の形にしています。せりふは古事記と出雲大社の公式に書かれていることだけを、こちらで言葉にしたものです。神さまが実際にそう話したという記録ではありません(本編の締めと概要欄にも書いています)。②名前の数は書物によって違う=古事記は五つ、日本書紀の一書は七つ。動画では『古事記に』と限定している。③稲羽の素兎・八十神の迫害・国譲りは神話であり、起きた出来事としては語っていない(『伝えられます』『古事記に』と言っている)。④縁結びは、出雲大社の公式の説明(男女だけでなくあらゆる繋がりのご縁)をそのまま紹介しているだけで、願いがかなうと約束していない。⑤『だいこくさま』は大国主大神の呼び名で、七福神の大黒天とは別の神とされる(公式FAQ)=混同を避けるため動画では『だいこくさま』を使っていない。⑥参拝作法(二礼四拍手一礼)は社によって違うので、この回では触れていない。⑦神さまの姿は、実在の人物の似顔絵ではなく、光をまとった大きな影として描いている。⑧表紙のふりがなは正式な読み「いづもおおやしろ」、ナレーションは通称の「いずもたいしゃ」。どちらも使われている読みで、概要欄にもその旨を書いている。
四拍手の理由は分かっておらず、諸説ある(動画でもそう言っている)。本殿の高さは社伝・言い伝えによるもので、16丈(約48m)説のほかに古代32丈(約96m)説もあるが、確かめられていないため動画では触れていない。出土した柱が『48mの本殿を支えた柱そのもの』と確定したわけではなく、伝えられてきた設計図と形が一致した、というところまでが分かっていること。ご利益を約束する言い方はしない。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。