まつるのは、国土そのものの神。441年前まで、社は大阪城の場所にあった

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生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)は、大阪府大阪市天王寺区生玉町13-9にある神社です。まつられているのは生島大神・足島大神。社格は式内社(名神大2座) 旧官幣大社 別表神社。創建は(伝)神武天皇即位前頃と伝わります。

大阪城のあの場所に、もとは神社が建っていたんだって。
いくくにたまじんじゃ。まつるのは、日本の国土そのものの神です。
いくしまのおおかみと、たるしまのおおかみ。島を生み、島を育てる神とされます。
はじめに建っていたのは、なにわのみさき。いまの大阪城をふくむ一帯と伝わります。
その隣には、石山本願寺も建っておった。天正八年、西暦千五百八十年の合戦で社殿は焼けたのじゃ。
そのあと豊臣秀吉が、大坂城を築きます。社は南西の、いまの生玉町へ移されました。
お城のために、どかされたんだ。
社伝では天正十三年。西暦千五百八十五年、四百四十一年前のことです。年には諸説あります。
じゃがな、神さまは帰るのじゃ。年に一度、もとの土地へな。
七月十一日と十二日の、いくたままつり。神社の案内には、旧神域の大阪城まで、と書かれています。
いまも帰ってるんだ。
大阪城公園には、お旅所跡の石碑が残ります。行ったら、その石碑をさがしてください。
社は動いても、神の土地は動かんのじゃ。
その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。
いまの大阪城の場所に
建っていた
もとは石山(いまの大阪城)に鎮座し、 すぐ隣に大坂本願寺も建った。 豊臣秀吉が大坂城を築きはじめると、 南西のいまの生玉町へ移された。
移った年は諸説あります(築城の始まった天正11年=1583年/ 社伝は天正13年/ 『義演准后日記』からは慶長3年=1598年とも)
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このページの決めごと
・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。
・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。
・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。