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多田神社ただじんじゃ

多田神社(ただじんじゃ)は、兵庫県 川西市にある神社です。

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この社のはじまり

兵庫のただじんじゃ、まつられた本人のおはかがあるって。

ただじんじゃ。兵庫県かわにしし、いながわのほとりの町にあります。

ここは、武士の世をひらいたせいわげんじのそびょうです。まつられている本人のおはかが、社殿の裏にあるのです。

まつられているのは、みなもとのみつなかからかぞえて五代の武将。一の宮みつなか、二の宮よりみつ、三の宮よりのぶ、しの宮よりよし、五の宮よしいえです。

はじまりはてんろくがんねん、西暦970年じゃ。せっつのかみだったみつなかが、すみよしの神のおつげを受けてこの地をひらいたと伝えられておる。

みつなかは七十五さいで仏門に入り、ここに一つのてらを建てました。ほっけざんまいじ、通しょうただいんです。

え、もとは神社じゃなくて、おてらだったの。

そうじゃ。明治のはじめに神と仏を分ける決まりができての。ただいんはやしろとなり、ただじんじゃと名を改めたのじゃ。

ちょうとく3年、997年にみつなかがなくなると、その体はこの地にほうむられました。そのおはかが、いまのごびょうしょです。

そこにねむるのは、みつなかとよりみつだけではありません。それをとりかこむように、あしかがたかうじからの歴代のあしかが将軍の分こつがおさめられています。

いまの社殿は、かんぶん7年、1667年に四代将軍とくがわいえつなが建て直したものです。本殿、拝殿、ずいしんもんは国の重要文化ざいです。

行ったら、拝殿のうしろへまわってごびょうしょを見てください。まつられている本人が、そこにねむっています。

まつられた人の墓が、そのやしろの中にある。武士の世は、この地からはじまったのじゃ。

この社のこと

出典

①住吉の神のお告げを受けてこの地をひらいた、円融天皇から勅諚を賜った、という話は社に伝わる伝承です。事実として確かめられたことではありません。本編でも「伝えられています」と言っています。②多田院がいつ「清和源氏発祥の地」と呼ばれるようになったかは資料によって幅があります。源氏の系譜そのものにも諸説あります。③御廟所にまつわる足利将軍の分骨の話は、社と資料に伝わるものです。中を掘って確かめられたものではありません。④「明治のはじめに神社となった」は神仏分離にともなう改称の記録によるもので、分離そのものは数年かけて進みました。⑤満仲が仏門に入った年齢(75歳)は社伝によります。⑥実在の人物をまつる社なので、人物への評価はしていません。信仰そのものへの評価もしていません。ご利益も約束していません。⑦ナレーションは耳で分かるように、一部の語をひらがなに開いています。

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