本殿のうしろの森に、人が入るのは年に一度だけ。だから原生林が残った

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気多大社(けたたいしゃ)は、石川県羽咋市寺家町ク1にある神社です。まつられているのは大己貴命。社格は式内社(名神大) 能登国一宮 旧国幣大社。創建は(伝)第8代孝元天皇または第10代崇神天皇年間と伝わります。能登国の一之宮です。

石川に、社のうらの森へ人が入らない神社があるんだって。
けたたいしゃです。本殿のうしろに、二万六千平方メートルの森があります。
この森へ人が入るのは年に一度だけ。それも、神職だけです。
人が入らなかったので、北陸ではめずらしい原生林が、そのまま残りました。
いらずの森、と呼ぶのじゃ。人の手が入らぬまま、木は生えかわってきた。
しいやたぶのきが、三百年から五百年。暖かい土地の森が、北陸に残っています。
奥には、なにがあるの。
おくみやじゃ。すさのおのみことと、くしいなだひめのみことが、まつられておる。
大みそかの神事のときに、神職が入ります。目隠しをして入る、とも伝えられています。
昭和四十二年、国はこの森を、天然記念物に指定しました。
守るために囲ったんじゃなくて、入らなかったから残ったんだ。
行くなら、拝殿の先を見てください。しんもんのおくから先が、いらずの森です。
建てた物ではなく、置いたままの森が、いちばん奥にある。そこが神域なのじゃ。
その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。
捕らえた海鵜の歩き方で
翌年の実りを占う
十二月十六日の鵜祭では、生きた海鵜を「鵜様」と呼んで拝殿に放つ。 鵜は十二月八日、鵜捕部と呼ばれる人びとが鵜崖という場所で竹竿を使って捕らえる。 捕らえ方には一子相伝の言い伝えがあり、鵜は二泊三日かけて社まで運ばれる。 宮司が内陣へ向かうようにうながし、その進み具合で翌年の作物のできを占う。 鵜が捕らえられなかった年は祭りを行わず、そのことを神に告げる報告祭に替える。
起源は、大己貴命がこの地に着いたとき、御門主比古神が鵜を献じたことに始まると伝えられます。 「気多の鵜祭の習俗」は平成十二年に国の民俗文化財に指定されました。 鵜祭は能の曲目にもなっています。平成二十九年には三年ぶりに鵜が捕れず、祭りは行われませんでした。
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・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。
・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
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