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那古野神社なごやじんじゃ

那古野神社(なごやじんじゃ)は、愛知県 名古屋市にある神社です。

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この社のはじまり

愛知の神社が、くじ一枚で城の中に残ったの?

1610年、徳川家康が名古屋城を築くと、築城予定地にあった天王しゃは、城外への移転が協議されました。

伝承では、神意をうかがうみくじの結果は、移してはならないというものでした。

そこでやしろは名古屋城の三之丸に残り、城郭の鎮守、城下町の産土の神として崇敬されました。

社伝では始まりは911年。1532年に戦火で焼け、1539年に織田信秀が再建したと伝わります。

当時は、かめのお天王しゃと呼ばれました。となりには、別当を務める安養寺、天王坊もありました。

若宮はちまんしゃなどが城外へ移る一方、かめのお天王しゃはその場所にとどまり、三之丸に取り込まれました。

城の中で、三之丸天王しゃとも呼ばれたんだね。お城と城下町を見守るやしろになったんだ。

明治維新のあと、安養寺は廃され、やしろは、祭神のすさのおにちなむ名へ改められました。

1876年、名古屋城の中に名古屋鎮台が置かれる際、三之丸から旧藩校の明倫堂跡へ移りました。

そして1899年、那古野神社と改称。読みは、なごのではなく、なごや神社です。

現在地から、名古屋城三之丸のもとのやしろがあった場所までは、地図上で北へ一キロ足らずです。

1610年は動かず、266年後に城の外へ。二つの場所を結ぶと、町の変化が見えるのじゃ。

この社のこと

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移された社

那古野神社

移してはならぬと神籤に出て

城の中に残された

名古屋城を築くとき、 隣の二社は城の外へ出された。 この社は神籤に移すなと出て、 三之丸に残り総鎮守となった。 明治に城へ陸軍の鎮台が置かれ、 ようやく外へ移った。

神籤の話は社伝によります。移ったのは1876年で、 名古屋東照宮とともに旧藩校の跡地へ移りました。

出典

神籤の話と911年創建は社伝に基づくものとして扱い、実証された出来事とは言い切らない。/那古野神社が残った経緯を扱い、移転した近隣社の事情を評価しない。/旧社地と現社地の距離はカードの位置メモに基づく概数。

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