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腹五社神社はらごしゃじんじゃ

腹五社神社(はらごしゃじんじゃ)は、鹿児島県 鹿児島市黒神町にある神社です。

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この社のはじまり

鹿児島のはらごしゃじんじゃ、この鳥居は掘っちゃだめらしい。

はらごしゃじんじゃ。鹿児島県、さくらじまの東がわの、くろかみという集落にあります。

この鳥居は、高さ3メートルのうち、地上に出ているのは、いちばん上のかさぎのあたり、1メートルほどだけです。

のこりの2メートルは、土の中です。鳥居がしずんだのではなく、まわりの地面が、2メートル高くなりました。

たいしょう3年、1914年の1月12日じゃ。さくらじまが噴いたのじゃ。

軽石と火山灰が降りつづけ、くろかみでは687戸が灰にうまりました。この噴火の死者と行方不明は、あわせて58人です。

え、村ごと。じゃあ、あとでみんなで掘り出したんじゃないの。

掘り出そうとしたのじゃ。じゃが、ひがしさくらじま村の村長、のぞえやおぞうが、それを止めた。

災害の記憶として、そのまま後の世に残す。それが村長の判断でした。以来、鳥居は掘り出されていません。

しょうわ33年、この鳥居はくろかみまいぼつとりいとして、鹿児島県の天然記念物に指定されました。

やしろそのものは、消えていません。一部が焼けたごしんたいのうち、無事だったものは、いまもまつられています。

行ったら、鳥居のわきの地面に立ってみてください。その足もとの高さが、あの日つもった灰の厚さです。

掘り出さぬと決めたから、いまも見える。のこすというのは、そういうことじゃ。

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腹五社神社

村ごと火山灰に埋まり

鳥居は上の一メートルだけ残った

大正三年一月十二日、桜島が噴いた。 黒神の集落は軽石と灰に埋まり、 高さ三メートルの鳥居は、二メートルほどが土の下になった。 村長の野添八百蔵は、掘り出す作業をやめさせた。 災害の記憶として、そのまま後の世に残すためである。

社そのものが無くなったわけではありません。 御神体は一部が焼けましたが、無事だったものは今もまつられています。 鳥居は掘り出されないまま、埋まった姿で保存されています。

出典

①鳥居の高さ3メートル・埋没した深さ約2メートル・地上に出ている約1メートルは、いずれも資料に「とされる」と書かれている数字で、実測値として公表されたものではありません。②野添八百蔵村長が発掘を中止させた時期は、資料によって「噴火の後」とするものと「戦後」とするものがあり、諸説あります。本編では時期を断定していません。③黒神地区で687戸が埋まったという数字は、鹿児島市・鹿児島県の公式観光サイトによるものです。④死者・行方不明58名は桜島大正大噴火全体の数で、黒神地区だけの数ではありません。⑤社そのものは廃絶していません。社殿はその後に建て直され、御神体のうち無事だったものは今もまつられています。⑥噴火という災害を扱っていますが、たたりや霊のせいだという話はしていません。信仰そのものへの評価もしていませんし、ご利益も約束していません。⑦ナレーションは耳で分かるように、一部の語をひらがなに開いています。

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