1498年、津波で消えた大社。場所が分からず、国は社格を取り消した

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角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)は、静岡県 湖西市にある神社です。

静岡の浜名湖に、地図から消えたやしろがあるんだって。
つのさくひこじんじゃ。静岡県こさいし、浜名湖がうみへつながる、いまぎれのあたりにありました。
えんぎしきという、およそ1100年前の国の書きつけがあります。そこに、とおとうみのくにでふたつだけのみょうじんたいしゃとして、この名がのっています。
ところが、そのやしろがどこにあったのかは分かりません。めいおう7年、1498年の大きな地震と、つなみで流されたからです。
このかみさまはの、浜名湖のみずの口を、開けたり閉じたりするかみじゃ。口がふさがれば人はみずにつかり、口がひらけば実りがゆたかになると書かれておる。
そのつなみは、うみと浜名湖をへだてていた、細長いすなの陸地を切りました。切れた口は、いまも、いまぎれと呼ばれます。まみずのみずうみは、その日から、しおのまじるみずうみになりました。
みずの口をまもるかみさまが、そのくちごと流されちゃったってこと。
ごしんたいは、浜名湖の北のむらくしへ流れついたと伝わっておる。ところがえいしょう6年、またつなみが来ての、こんどは、きがのあかいけまで流れついたそうじゃ。
えいしょう7年、1510年。きがの人びとは、そのごしんたいをまつるおやしろを建てました。それが、いまのほそえじんじゃだと伝えられています。
明治4年、1871年。国は、このかみさまをこくへいちゅうしゃに列しました。ところが、どのやしろがそれにあたるのかを、決められませんでした。
けっきょく、くには、ちんざちが分からないという理由で、いちど与えたくらいを取り消します。候補は、ほそえじんじゃ、みなとじんじゃ、すわじんじゃの三つ。いまも決まっていません。
行ったら、浜名湖がうみへつながる、いまぎれの口を見てください。1498年より前、そこはすなの陸地でつながっていました。
みずの口をつかさどるかみが、そのみずの口とともに消えた。名だけが、いまもえんぎしきにのこっておるのじゃ。
名神大社なのに
住所が決められなかった
『延喜式』で遠江国にふたつだけの大社の一つ。 浜名湖の口をひらいたり閉じたりする神とされた。 1498年の大地震と津波で社は流された。 明治に国幣中社に列せられたものの、 場所を決められず「鎮座地不明」として社格を外された。
細江神社・湊神社・諏訪神社の三社が論社とされ、諸説あります
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